どこにいても目立つ沢北の世界一可愛い彼女の話
沢北くんは目立つ。
コートにいる時は周りも同様なのでさほど感じなくても、街中で見る186cmは圧倒的に大きい。それに加えて顔も良いから更に人目を引くのだ。
「すいません。お待たせしました」
良く通る声で駆け寄る彼に向けられる眼差しを、きっとわたしは本人より感じていると思う。こちらへ向かって来る姿を俯瞰で眺めると、すれ違う人のほとんどが彼に視線を向けているのがとてもよく分かるのだ。
「もっとひと気の無いとこで待ち合わせれば良かったね」
「どうしてですか」
「沢北くん目立つから」
「何すかそれ」
と全く何てことの無いように笑うのは、注目されることに慣れ過ぎているせいだ。
バスケットボールプレイヤーとして高校ナンバーワンと評され、雑誌に何度も取り上げられた彼の名前はその世界では誰もが知っているし、大会の会場を歩けば羨望、畏怖、敵意など様々な視線が向けられて、ファンと称する人々からプレゼントを渡されたりもする。芸能人でも無い一高校生なのに、バスケットの絡んだ場面で沢北くんは余りにも特別だった。そして、それがバスケットを離れた街中でも変わらないことを、久々に外で待ち合わせたわたしはつくづく実感していたのだった。
「自分だって充分目立ってること気付いてないんすか」
「わたしが?」
「そうっすよ。ひとりで待たせとくの心配でこれでも早く出たのに」
何で先に着いてるんすか、と拗ねたような顔を見せる沢北くんに思わずぽかんとする。
「目立つなんて思ったことも言われたことも無いんだけど」
「本人だから分からないんすよ。さっきも声掛けようか迷ってるヤツいたじゃないすか。信号の向こうでやきもきしながら見てたんすから」
強い口調できっぱりと言い切って、わたしの手をぎゅっと握り締め引き寄せる。その、誰にも取られまいとする子どものような仕草が可笑しくて頬が緩むのを抑えられなかった。
「笑ってる場合じゃないすよ。ほんとに危なかったんすから」
「それ全部気のせいだってば」
「オレの勘の鋭さをなめないで下さいね。絶対当たってますよ」
こんなに自信満々なのに、どうしてこんなにも的外れで心配性なんだろう。それを思えば思うほど笑みは零れて、そんなわたしを不服そうに見ていた沢北くんはひとつ大きな溜息を吐く。
「全然分かってないっすよね。まあいっすけど」
「だってそんなこと言うの沢北くんだけなんだもん」
「それが不思議で仕方ないんすよ」
心底不可解だというように首を傾げるのを見上げ、くすぐったい気持ちを覚える。わたしを買い被り過ぎな沢北くんは、本人にその自覚が全く無いらしいのがどうにも面映ゆくて仕方なかった。
「もう恥ずかしくなって来たからやめて」
「何が恥ずかしいんすか」
「沢北くんの中のわたしに補正が掛かり過ぎてること」
「そんなの無いっすよ。見たまんまっすけど」
「沢北くんの目を通したわたしを見てみたいよ」
どんな美少女が映っているのかと考えて居たたまれなくなる。それを口にすれば「間違ってないじゃないすか」と当たり前に言われて、真っ赤な顔で動揺するわたしにどこまでも慈しむような眼差しが注がれていた。