どうしてその手を離してくれないの


 沢北くんは手を繋ぐのが好きだ。
 並んで歩くときはもちろん、座っていても常にわたしの右手は固い手のひらに包まれている。
 節が太く長い指を持った、大きく厚い手。バスケットボールを片手で掴めてしまう握力のその手が、わたしに触れるときは驚くほど優しい。簡単にはほどけないくらいしっかり握られていても、そこから伝わるのは温かい安心感だ。

 その日も右手を沢北くんに預けたまま、満開の桜を眺めていた。
 学校からすぐの公園は桜の名所で、遠出が難しいわたしたちには絶好のお花見スポットだ。
「今年で最後だもんね」
 来年のこの季節に沢北くんはいない。夏のインターハイが終わったらアメリカに行くことはだいぶ前に聞いていた。
 聞かされたときはショックだったけれど、驚きはしなかった。バスケに疎いわたしの目にも沢北くんのすごさは頭抜けていて、もっとふさわしい場所があることは明らかだったからだ。
「最後じゃないっすよ。必ずまた一緒に見るんで」
 珍しく真剣な声に、右隣りを仰ぐ。じっと見据える大きな瞳は、まっすぐわたしにのみ向けられていた。
「……ありがとう」
 適当な言葉が浮かばずに、短くそう答える。すると、その返事が不満だとでもいうように、沢北くんの気持ちを代弁するようなひときわ強い風が吹いた。
 ざわっと辺りの枝々が揺れて白い花びらが舞い、ひらひらと落ちてきたいくつかが髪に絡んだ。空いている左手で取ろうとしたところを、そっちの手まで握りしめられてわたしは困惑する。
「髪に付いたの取りたいの。いったん離してくれるかな」
「嫌っす。離したらさんどっか行っちゃいそうなんで」
「どこも行かないよ」

 ――――どっか行っちゃうのは沢北くんでしょう――――

 言いかけた言葉を慌てて呑み込む。それは絶対に口に出してはいけなかった。
「今なにか言おうとしませんでしたか」
「気のせいだよ」
「嘘だ。絶対なんか言い掛かけてやめましたよね。オレ鋭いんすよ」
「じゃあ当ててみて」
「もしかして、どっか行くのはオレのほうだとか思ってませんか」
「――そんなこと、思ってないよ」
「……ならいいっすけど」

 少し不満げな声は、完全に信じたわけではないのだろう。けれど、それ以上追及されることはなく、再び片方の手だけを繋いだ格好でわたしたちは歩き始めた。
 さっきまで普通に握られていた右手は、今は簡単にほどけないくらいにしっかり指が絡められている。

 きっと、わたしはいつまでも捕らわれているのだろう。この先沢北くんがアメリカに行って、たとえ何年経とうと。

 沢北くんに繋がれた手を、わたしからほどくことなんてできないのだから。