Silent Jealousy


「あれっきり連絡できなくてごめんね」
「心配したっすよ」

 家に着くとすぐに玄関まで出てきた沢北くんは、見たことのない真剣な顔をしている。それもそのはずで、昨日は会社の飲み会で珍しく三次会までつきあわされて、二次会の終わりに連絡を入れたきり以降は場から抜け出せず、そのまま音信不通になってしまっていたのだ。

「三次会終わった時点で電話しようと思ったんだけど」
「それはもういいっす。そんなことよりいままでどこにいたんすか」

 起きてすぐに帰ったとはいえ、いまは朝の7時だ。最後に電話したのは22時ごろだったから、一晩留守にしたことになる。沢北くんの質問はもっともで、けれど非常に答えづらくわたしはしばし黙り込む。やがて、意を決して口をひらいた。

「……深津くんのところ」
「え」
「三次会のお店が深津くん家の近くで、出たところで偶然会ったの」
「深津さん家って隣り駅じゃないすか。すぐそこなのに」
「そうなんだけど、もう電車無かったしだいぶ酔ってて歩けなくて。気分悪くてタクシーにも乗れなかったの」

 説明すればするほど空気が張り詰めていくのを感じる。上向かなければ見えない沢北くんの顔がどんな表情をしているのか、怖くて確認できずにわたしはうつむいた。
 すると、突然手首を掴まれて部屋の中へと引っ張られる。なんとか靴を脱いだものの、痛いくらいの力で連れていかれたのは寝室だった。
 有無を言わさず押し倒されて、ジャケットやブラウスに指がかかる。無言で脱がせた服をベッドの下に放り投げた沢北くんは、下着姿になったわたしをそのまま強い力で組み敷いた。
「いやっ」
 どんなに押し止めようとしてもわたしの力などたかが知れている。
 両手首を掴みシーツに縫い留めるように覆い被さったからだはぴくりともしなくて、わずかに身じろぐことすらできなかった。

「往生際悪いっすよ」
「こんなのやだ……っ」
「罰なんだから諦めてください」
「罰を受けるようなことなんてしてない」
「深津さんとなにもなかったっていうんすか」
「あたりまえじゃない。なにもないに決まってるでしょう」
「信じられないっす。昔好きだった相手と一晩同じ部屋にいてなにもなかったなんて」
「深津くんは後輩の彼女に手を出すようなひとじゃないよ」

 そのかばうような言葉が気に障ったのか、左右の手でそれぞれ押さえられていたわたしの手首が左手ひとつでまとめられる。空いた右手が両脚の間に伸びて、呆気なくひらかされたその中心に下着の上から指が触れた。
「や……あっ」
 強引に快楽を引き出そうと上下する動きに、身体は嫌でも反応してしまう。すぐに濡れてきたのは自分でもわかり、恥ずかしさと悔しさでわたしは思い切り顔を背けた。
 けれどそんなことはおかまいなしに、脚の付け根部分から長い指が侵入する。くちゅ、ぴちゃ、と水音のするそこへじかに触れると、そのままためらわず挿し入れられた。
「んんっ……ん、あっ」
 ぐちゅぐちゅと音を立てて繰り返される抽挿に、悲鳴のような声が零れる。思わず腰を引いて逃げようとするも、厚く大きなからだに圧しかかられてどうにもならない。
「いや……っ、や、あぁ……んん――――ッ」
 ひときわ高い声を上げて達するも、沢北くんの指は止まらない。無限に与え続けられる刺激は苦しくて、わたしは幾度も左右に首を振り訴えた。
「もう、やめて。いやぁ……っ」
「……しかたないすね」
 すっと抜かれた指に息を吐いたのもつかのま、下着が脱がされていままでの比ではない質量が当てられたのを感じる。「待って」と言いかけた言葉が終わる前に、ずぷりと最奥まで貫かれたわたしは声も出せずに仰け反った。そのせいで下半身を自ら押し付けるかたちになってしまい、沢北くんがぐっと息をのむ。同時に激しい律動が始まった。
「あっ、やあっ、ああ……ッ」
 いままでこんなふうに扱われたことはない。彼の思うがまま腰を掴んで揺さぶられ、沢北くんが本気になったらどんな抵抗も敵わないのだとまざまざと教えられる。次第に怖くなってきたわたしの目にはいつしか涙が浮かんでいた。
「いや……っ、い、やぁ……怖い……っ」
 掠れた声でしゃくり上げれば、ハッとしたように動きが止まる。わたしのなかに自身を埋めたまま、今日初めての優しい唇が額に触れた。
「……すいません。頭に血が上りました。泣かないで下さい」
 ぎゅっと抱き締められて、ようやくトーンの落ち着いた声といつもの温もりに安堵する。
「怖かった………っ」
 次から次へと溢れ出る涙が止まらず、子どもみたいに泣きじゃくる。そんなわたしを沢北くんは黙って両腕のなかに包み込み、あやすように髪を撫でながら「すいません」を繰り返した。
「こんなことしたくなかったのに――――」
 絞り出すような声で呟いて、回された腕に力がこもる。頬を伝う涙が首筋に落ちて、わたしのそれと混ざり合った。やがて落ち着いたのか、そっと唇にキスが落とされ
「もう1回、ちゃんと優しくさせてください」
 言うなり一度抜いたそれに避妊具を着けて、再び挿入すると緩やかな律動が始まる。さっきまでとはまったく違う動きに、強張っていたわたしの身体から力が抜けて、与えられる感覚をひとつずつ拾い始めた。
「ん……っ……あっ……あぁ……んっ」
 言葉通りに優しく快楽を引き出され、気持ちよさに目を瞑る。浅く深く突かれるたびに零れる声は上ずっていき、限界が近いことを切れぎれに訴えた。
「あっ、あっ、あっ、だめ、もうだめぇっ……」
「っ……オレ、も…………ッ」
 ぴたりと隙間なく合わさったからだの、わたしの奥で熱が弾ける。薄い膜越しにどくどくと脈打つ迸りを、絶頂にうねる体内ではっきりと感じた。


 濡れたあちこちを軽く拭いて、沢北くんの胸に顔を埋めた格好で抱き寄せられる。しっかりとした腕の強さは変わらないのに、触れる指先はどこまでも優しくわたしの髪を梳き続けた。
「怖かったすよね。本当にすいません」
「確かに怖かったけど、もとはといえばわたしが誤解を生むようなことしたからだし」
「それでもこんなことしちゃいけないんすよ」
 本当にすいません、と項垂れた頭をそっと胸に引き寄せる。
「もう謝らないで。わたしのほうこそちゃんと昨日のこと話すから」
「大丈夫っす。さっきはあんなこと言いましたけど、深津さんがそんなひとじゃないのわかってるんで」
「……うん。でもやっぱり軽率だったと思う。ごめんなさい」
 互いに謝り合いながら、自然と両腕を伸ばして相手を包み込む。わたしにはこの温もりが必要で、沢北くんも同じように思ってくれていることは、熱い腕から痛いくらいに伝わってきた。
「少し寝ましょうか」
「そうだね。眠くなってきちゃった」
「オレもっす」

 向き合って寄り添う格好で、どちらからともなく目を閉じる。じきに聞こえてきた静かな寝息に誘われるように、わたしも沢北くんの腕のなかで穏やかな眠りに落ちて行った。