Everything in cool


 日本にいた頃からインタビューされるのには慣れている。雑誌でもテレビでもマイクを向けられる機会は何度もあったし、受け答えは普通にできるほうだと思う。
 けれど、それはあくまでもバスケット雑誌やスポーツニュースの場合だ。芸能人でもましてやアイドルでもないのに、どうして女性誌から取材をされないといけないのかまったくもって意味不明で、なにを話せばいいかわからないままオレはこの場に座っていた。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
 いくら気が乗らないインタビューとはいえ、人として最低限の礼儀は心得ている。頭を下げる相手に同じように挨拶をし、テーブルを挟んで向き合った席に着いた。
 真ん中にボイスレコーダーを置いたインタビュアーは、オレよりだいぶ年上に見える。けれど、年長者が相手でも物怖じしたりはしない。常に堂々としていないと舐められるのはこっちに来て痛感したし、そもそも元からそういう性格だ。なので、どんな質問をされようと怯まず答えてやるつもりだった。
「そちらの雑誌は畑違いだと思うんすけど、どうしてオレなんすか」
 主導権は渡さないとばかりに自ら口を開く。意識せずとも生意気な口をきいているらしいオレは、このときもそうだったのだろう。同席した日本のメディア向けマネージャーが、ぎょっとした顔をしている。
 けれど、相手はさすがにプロだ。仕事ということをきっちりわきまえている。オレの言葉に気分を害した様子もなく、落ち着いた口ぶりで答えた。
「沢北選手は女性人気も高いですから。うちの雑誌でも特集希望の声が多いんですよ。今日はお時間つくって頂いて本当に感謝しています」
 そんなふうに丁寧に礼を述べられてしまうと、こっちも気勢を削がれる。大人の余裕でいなされた気がして鼻白んだまま「どういたしまして」と答えれば、そのまま自然とインタビューが始まった。
 本場でやるバスケットはどうか。アメリカでの生活には慣れたか。チームの雰囲気はどうか。今シーズンの調子は――などバスケに関する質問をいくつかされたのち、日本が懐かしくなることはないか、連絡を取り合う相手はいるか、日本食を作ってもらうならなにが食べたいか、と徐々に女性誌らしい内容に問いかけが変わっていく。

「日本が懐かしいというより懐かしく思い出すひとはいますね」
「連絡を取り合う相手はもちろんいますよ。時差があるし電話はたまにですけど、手紙は書きます」
「日本食で食べたいのはなんだろうなあ。クリスマスにシチュー作ってもらいましたけど、シチューは日本食って言わないっすよね」

 答えるたびにマネージャーの顔が引きつるのがわかる。オレの回答が特定の誰かを思い浮かべていることくらい、誰が聞いても明らかだった。
「明快に答えてくださってありがとうございます。もう少し踏み込んだことをお聞きしても大丈夫ですか」
「いいっすよ」
「さきほどのお答えはずいぶん具体的に感じたんですが、どなたかを思い浮かべてらっしゃったんですか」
 当然くるだろう質問に、オレは平然として「はい」とうなずく。そのまま「彼女です」と続けようとしたところで、察したらしきマネージャーが割って入った。
「あまりプライベートな面は詮索しないようお願いします」
「べつに平気っすよ」
「お願いします」
 口を挟んだオレには目もくれず、インタビュアーに再度しっかり念を押す。けれど、当の本人が答える気満々である以上、目の前の相手がどちらを優先するかはわかりきっていた。
「マネージャーさんからNG入りましたけどどうしましょう」
「オレが勝手に喋るんで気にしないでください。彼女っすよ。さっきの質問の答え」
 マネージャーの「あっ」という声より先にオレが最後まで続ける。求めていた単語を引き出せたインタビュアーは俄然目を輝かせて、ひと言も聞き漏らすまいとするように前のめりになった。
「当然かもしれませんが、彼女がいらっしゃるんですね。どんな方なんでしょう」
「オレのひとつ上で落ち着いたひとっすよ」
「どちらで知り合ったんですか」
「高校です。そのときからの付き合いっすね」
「長いですね。遠距離は苦になりませんか。沢北選手はこっちでもモテるでしょうし、お相手も心配なのでは」
「全然すよ。彼女以外興味ないんで」
 笑顔できっぱり言い切ると、さすがの海千山千なインタビュアーも目を瞠る。そこへ、これだけは言わねばと用意していたことを切り出した。
「前にそちらの会社が出してる週刊誌に彼女が撮られたことあるんすけど」
「ああ、そういえば」
「あのとき載った写真あんまりだったんで、今日持って来たんすよ」
「えっ」
 前と後ろから同時に驚きの声が上がる。背後のマネージャーが目の前のインタビュアーと同じ顔をしているだろうことは振り向かなくても想像ができた。
「本物はこれっすよ」
 夏に旅行したときに撮った写真は、普段の彼女そのものを写し出している。瞳をきゅっと細めて笑うさんのこの顔が、高校の頃からオレは大好きだった。
「前に載ったの見ましたけど、あんなんじゃないんで。紹介したんだからもう隠し撮りとかやめてくださいよ」
 想定外だっただろうオレの行動に圧倒されたように、インタビュアーは唖然としている。やがて、徐々に事態をのみ込むと「帰ったら伝えます」そう短く言って、今日初めての笑顔を見せた。
「いままでいろんな方にインタビューしましたけど、なかなかいないですよ。沢北選手みたいなひとは」
「そうなんすか」
「そりゃそうでしょう。彼女のことを聞かれてごまかすでも否定するでもなく自ら写真を見せてくれるなんて、そんな方いないです」
「別に芸能人でもないですし、隠すことじゃないんで。彼女の許可が得られればこのインタビュー記事にさっきの写真載せてもらっても構わないくらいっすよ」
 調子に乗ったオレが言うと、即座に背後から写真を取り上げられて「いい加減にしてください。ダメに決まってます」とマネージャーのストップが入る。さすがに気の毒になったのだろう。頬を緩めたインタビュアーが、きっぱりと断言した。
「ご心配いただくようなことはしません。約束します」
「くれぐれもお願いしますよ」
「取材NGになりたくないですからね。なので、是非またインタビューさせてください。今度はおめでたい席で」
 後半はオレに向けて言うと、片手を差し出される。それにしっかりと握手で答えて、場はお開きとなった。

 後日、このときのインタビュー記事の載った雑誌がオレの元に届いた。赤裸々に語った内容は少しだけオブラートに包まれていて、けれど、オレに彼女がいることは公言したも同然だった。そのなかで、やたらと「綺麗」や「お似合い」が彼女を語る表現として用いられていることに気が付く。きっと、あのインタビュアーなりにオレの意を汲んでくれたのだろう。
「今度はおめでたい席でって言ってたっけ」
 ふと思い出して呟きながら、あの日もらった名刺を取り出す。今度連絡するのはそのときだろうと、傍らにさんが立ち共にマイクを向けられる未来を、オレははっきりと思い描いていた。