サンタと天使が笑う夜


「お帰り」
「ただいまっす。なんかいい匂いするんすけど」
「ちょうどシチューが出来上がったところなの。ローストビーフもあるよ」
「すごいじゃないすか」

 慣れないアメリカのキッチンで作るのは少々苦戦したものの、どちらも何度も作っているので手が覚えている。それに、大好きなひとの喜ぶ顔のためならなんてことはなかった。
「一緒にクリスマス過ごすの初めてだし、ちょっと張り切っちゃった」
「ちょっとどころじゃないすよ。ほかのもオレの好きなもんばっかじゃないすか」
「夏におじゃましたときに覚えたからね」
 去年の夏、初めて沢北くんの実家を訪れた際にこっそりお母さんから教わった。それをようやくお披露目する日がきたのだ。
「オレからもあるんすよ」
 そう言って四角い箱が差し出される。中身はすぐにピンときた。
「ケーキ?」
「そうっす」
「よかった。それだけ用意できなかったの」
「だと思いました」
 さんお菓子作りは苦手ですもんね、というように口元が緩む。その通りでなにも言い返せず唇をとがらせれば「全然問題ないっす」と広げた両腕に包み込まれた。
「腹にたまるもののほうが大事っすからね」
「……ほんとわたしに甘いんだから」
「お互いさまっすよ」
 テーブルにこれでもかと並んだ沢北くんの好物が、しっかりその言葉の正しさを証明してしまっている。顔を見合わせて笑うしかなかった。
「じゃあ始めよっか」
「これ運びますね」
「うん。わたしケーキ切っちゃう」
 大きなホールケーキはとても一日では食べきれそうにない。二切れだけお皿に乗せて、残りは箱に戻すと冷蔵庫にしまった。
「大きくてびっくりしちゃった。沢北くんそんなに甘いもの好きじゃないでしょう」
「オレはいいんすよ。代わりにごちそう食べるんで」
「そうなの?じゃあ遠慮なく頂いちゃおうっと」
 いただきますを一緒に唱え、思い思いにフォークを動かす。宣言通りケーキから食べ始めたわたしに、沢北くんが呆れたように吹き出した。
「だからってなんでいきなりケーキ食べてんすか。普通最後じゃないんすか」
「わたしのメインはこれなんだもん」
「珍しく子どもみたいなこと言って」
「子どもだからサンタさんがケーキ買って来てくれたんでしょう」
「なに可愛いこと言ってんすか」
 優しく相好を崩した沢北くんは、いつだってわたしに幸せと笑顔をくれる。偶然着ていた赤いセーターと相まって、本当にサンタクロースみたいだと可笑しくなった。

 あらかたテーブルの上が片付いたところで、今日持って出かけていたバッグのなかから綺麗にラッピングされた包みを沢北くんが取り出す。
「ケーキとは別にちゃんと用意してあるんすよ」
「わたしも。取ってくるからちょっと待ってて」
 日本で用意してスーツケースに入れたままのそれを、持ってくるべく立ち上がる。すると、なぜか沢北くんまで椅子から腰を上げた。
「どうしたの。すぐ戻ってくるよ」
「スーツケース寝室ですよね。だったらオレも行きますよ」
「え」
「クリスマスディナーも終えたしあとはベッドで過ごしましょう」
「プレゼントは?」
「ベッドの上で開ければいいじゃないすか」
 なんだかんだと言いくるめられて、一緒に寝室へ向かう。けれど、スーツケースを開ける前にとらわれたわたしは、抵抗する間もなくベッドの上に乗せられてしまった。そして
「まずはひとつめのプレゼントを先にください」
 こんなときだけ年下の顔で、悪びれずにわがままを口にする大きなからだを、寝転がった体勢で仰ぐ。
「最初からそのつもりだったんでしょう」
「だから言ったじゃないすか。ベッドの上で開ければいいって」
 いたずらっぽい笑みを見せて、長い指がわたしの襟元にかかる。やがて包みを解かれて現れた中身は、壊れもののように扱う沢北くんに日付が変わるまで愛しまれたのだった。