Hallelujah in the snow


 12月。アメリカの学校はクリスマス休暇に入っても、バスケットのシーズンは続いている。なので沢北くんがこの時期帰国することはないし、当然一緒にクリスマスを迎えることもなかった。
 それを寂しく思ったこともあるけれど、いまのわたしは違う。薬指に収まるリングがあるだけで、こんなにも満たされた気持ちになるなんて知らなかった。

* *

「どれがいいっすか」
「ゴールドよりシルバーかプラチナがいいな」
 一緒に選びに行ったのは、今年の夏のこと。旅行先でふと指輪の話になり、東京に戻るや否やその足でジュエリーショップへ向かったのだ。
「沢北くんは?」
「オレはどっちでもいいんで選んでください。さんが選んでくれたのが欲しいっす」
「じゃあわたしのは沢北くんが選んでよ」
「わかりました。任せてください」
 そんなふうにガラスケースの前で話していると、ひとりの店員さんが近づいてきた。
「気になるものがございましたらお出ししますので、遠慮なくお声かけください」
「あ、すいません。これお願いします」
「サイズは何号でご用意いたしましょうか」
 さっそく店員さんを呼び止めた沢北くんが、その言葉にわたしを振り向いて尋ねる。
「何号っすか」
「何号だろ。ちゃんと測ったことないんだよね」
 そんなやり取りを耳にして、わたしたちより少し年上に見える店員さんは計測用のリングゲージを取り出した。
「お測りしますので大丈夫ですよ」
 連になったその中から「こちらをお試しください」と渡されたものを右手の薬指に填める。見立てはぴったりだった。
「なんで右なんすか」
「左は未来のために取っとかないと」
「いまから着けといたっていいのに」
「それじゃ特別感がなくなるでしょう」
 そう言うと渋々ながらも納得してくれたのか、沢北くんも右の薬指で計測をお願いする。告げられたのはわたしの倍以上の数字で、そんな大きなサイズが存在することに驚いた。
「バスケやってると節が太くなるんすよね」
「そんなふうに見えないのに」
 号数がわかったところで、さっきお願いした指輪のそのサイズをケースから出してもらう。
「なんすかこのちいささ。こんなの入るんすか」
「ちゃんと測ってもらったし入ると思うけど」
 おそるおそる通すと、スムーズに下りた指輪はぴたりと根元に収まる。シンプルで細身のベースに貴石のあしらわれたそれは、ケースの中で見るより実際に着用したほうがずっと可愛くて素敵だった。
「これがいい。これに決めた」
「まだひとつしか見てないのにいいんすか」
「うん。だって沢北くんもこれがピンときたんでしょう」
「そうっすね」
「じゃあ次はわたしが沢北くんのを選ぶね」
 一度指から外して「ひとつはこれにします」と店員さんに預ける。すると「そちらとペアになるものがありますよ」の言葉とともに、わたしの決めたものより少しだけ幅の広い、けれどデザインはそっくりな指輪がリングトレイに置かれた。
「いかがでしょう」
 渡された沢北くんが、わたしと同じ右の薬指に通す。関節に少し引っかかったものの、問題はないように見えた。
「どう。サイズ大丈夫そう?」
「はい。でもオレのも選んで欲しかったんすけど」
 その点だけが不服で決めかねているらしい。なので最初の約束通り、店内の他のデザインも一通りじっくりと見て回る。けれど、やはり対になるデザインで作られているだけあって、さっきのものが一番に感じた。
「わたしとペアってことじゃなければ向こうにいいと思うのもあったけど、一緒に着けるならやっぱりこれがいいな」
「妥協じゃないっすか」
「そんなわけないでしょう。初めてのペアリングなんだから」
 心外だとばかりに少しだけむくれてみせれば「そっすよね。すいません」と沢北くんはうなずいて、填めたままだった指輪を外し店員さんへ渡した。
「このふたつに決めたんで、包んでもらえますか」
「ありがとうございます。ではこちらへ」
 会計を済ませるために沢北くんが店員さんとレジへ向かう。今回は互いに相手へのプレゼントにしようということで、わたしのぶんは沢北くんが、沢北くんのぶんはわたしが支払うことになっていた。それはあらかじめ封筒に入れて渡してあるし、ふたりでレジ前に立つより沢北くんひとりのほうがスマートだろうと思い、わたしはこの場所で待つことにした。
 やがて、光沢のある紙袋を手にした沢北くんが戻り、担当してくれた店員さんに見送られながら店をあとにする。
「早く着けたいね」
「急いで帰りましょう」
 弾む気持ちでわたしの部屋に戻ると、サテンのリボンを解いて箱を開ける。ふたつ並んできらめくリングの小さいほうを沢北くんが、大きいほうをわたしが手にした。
「手、貸してください」
 言われた通り差し出した右の薬指に、沢北くんが持つと一段とちいさく見える指輪がすんなりと填められる。次はわたしの番で、ひと回り以上大きなそれを節の張った同じ指へ通した。
「やっぱいいっすね」
「うん。お揃いのもの自体が初めてだもんね」
「それが指輪ってすげー嬉しいんすけど」
「わたしも」
 自然と顔が近付いて唇が重なる。もう片方の指に填める未来の予行演習のようで、幸せに満たされたまま何度もキスを交わした。

* *

 数ヶ月前を思い、ほんのりと胸が温かくなる。
 今日はひとりでケーキとチキンを買って食べよう。そのあとはすぐにお風呂に入って、約束の時間に電話が鳴ったら「メリークリスマス」を真っ先に告げるつもりだった。