うれしい たのしい だいすき


 沢北くんの手がわたしの胸に触れる。さほど豊かでもないふくらみはすっぽりと包み込まれて、大きな手のひらのなかで自由にかたちを変えた。
「ん……」
 飽きもせずにやわやわと、時折そっと沈ませたりする指が閉じたり開いたりしながら動く。もう少し力を入れたところでまったく痛くないのに、触れる指先はどこまでも優しかった。
「さっきからそこ好きだよね」
「そこも、って言ってください」
 その返しにわたしが吹き出すと、むくれた顔で唇にキスが落とされる。
「なんで笑うんすか」
「胸が好きなの否定しないから」
「ほんとのことっすもん」
 潔く言い切られてしまい、咎めることもできない。ずっとふにふにされているのはくすぐったくても嫌な気持ちはせず、むしろそんなふうに愛しまれて幸せだった。
「なんでこんなやわらかいんすかね。不思議でしかたないんすけど」
「前にもそんなこと言ってなかったっけ」
「言いました。やわらかいのは女のひとの特権だって」
「どうしてやわらかさにこだわるの」
「そりゃそーっすよ。なんでもそうじゃないすか。性格だってキツくて固いより優しくてやわらかいほうがいいし」
「やわらかいのが好きなのはからだだけじゃないんだ」
「ちょっ、変な言い方しないでください」
 即座に突っ込まれて、自分の直球すぎた発言に「ごめん」と忍び笑いを零せば、そんなわたしに「また笑う」と文句を言いながら、ずっと手で触れていた場所に沢北くんは顔を埋めた。
「すべてに癒されてるんすよ」
 くつろいだ声を響かせると、両腕でわたしをそっと包み込む。決してやわらかくはないけれど、厚くて広い胸に癒されているのはわたしも同じなのに――と思いながら、それを伝えたくて負けじと背中へ腕を回した。
「自分だけだと思ってる?」
「え」
「わたしだって、いつも沢北くんに癒されてるんだよ」

 特別ちいさいわけでもないわたしをすっぽりと収めてしまう、しなやかな両腕と大きなからだ。そこにくるまれてしまえば、離れていた間の寂しさなんてすぐに忘れてしまう。そして、すっかり元気にしてくれるから、再び戻って行く日にも笑顔で見送ることができるのだ。

「会えない日数のほうがはるかに多いしそのぶん寂しい思いもしてるはずなのに、こうやって抱きあったら全部リセットされちゃうんだよ。それってすごくない?」
「すごいっすね」
「でしょう」
「てか、オレもまったく同じっすよ」
「ほんと?嬉しい」
 言いながらぎゅっと腕に力をこめれば、同じように抱き返されてわずかな隙間も無くなる。
 ぴたりと収まるふたつのからだは、初めからこうなることが決まっていたかのようで、それはきっと間違いじゃない。その証拠に、まぶたを閉じて上向いたわたしの意図はすぐに正しく沢北くんに伝わり、同じように目を瞑り下りてきたそれを寸分違わず受け止めたのだった。