BATHROOM
「……いいよ」
脱衣所で待っている沢北くんへそう声を掛けたものの、いざ扉が開く音がすると反射的に目を瞑ってしまい、体育座りの格好で身を竦ませる。湯船に溜まった乳白色のお湯はそんなわたしの身体をしっかり隠してくれて、だからこそ一緒に入るなんてことも承諾出来たのだった。
「目開けて下さいよ」
「やだ」
「何でですか」
「恥ずかしいから」
「あー、またそれ言う」
ベッドの上で咎められて以来、行為の時には以前より落ち着いて振る舞えるようにはなったものの、煌々と照明の点いた浴室となれば話は別だ。自分の身体を晒すのも堂々と晒された沢北くんの身体を目にするのも、どちらも考えただけで瞬時にのぼせてしまいそうだった。
視界を閉ざしたまま耳だけを傾ければ、シャワーの音に混じってボディーソープをプッシュする音とタオルの擦れる音が聞こえる。高校生の頃と変わらない坊主頭はあっという間に洗い終えたらしく、直にキュッとコックを捻る音がしてシャワー音が止まり、浴槽へ近付いて来る気配を察してわたしは隅に寄った。
片足ずつ浸かる水音がして、やがて腰を下ろしたのかザバーッと湯が溢れる。家の湯船と比べればゆとりはあったものの、沢北くんの大きな身体には少々足りなかったに違いない。閉じた視界でも窮屈そうに縮こまっている姿が優に想像出来た。
「もうお湯で見えないっすよ。目開けて下さい」
「……はい」
どちらが年上だか分からない。諭されるままゆっくり瞼を開けると、正面で同じように体育座りをした沢北くんが映った。
「部屋付きの風呂の割りに広いっすよね」
「そうだね。でも湯船は沢北くんにはちょっと狭いんじゃない?」
「これ以上広かったら離れちゃうんでこのくらいでいっすよ」
「わたしはもう少し広い方が良かったけど」
「またそういうこと言う」
冗談ぽく咎めるように目を細めると、湯の中で立膝をした上に頬杖をつく。そしてまじまじとわたしを見つめて言った。
「すっぴんだと昔のまんまっすね」
「それ言われると余計恥ずかしいんだけど」
「何でですか」
「あの頃に戻ったみたいで」
「懐かしいっすね」
「数年後に一緒にお風呂入ってるなんて思いもしなかったよ」
その言葉に沢北くんが吹き出して、笑い声が浴室に響く。わたしの緊張もそれで解れて、促されるまま大人しく足の間に収まると、背中を広い胸に預けた。
「そもそも何で先に湯船入っちゃうんすか。折角一緒に風呂入るんだから背中流したりしたかったのに」
「そんなの絶対無理です」
「何事もチャレンジっすよ」
「タオル巻いてていいならいいよ」
「それじゃ洗えないじゃないすか」
「じゃあ洗わなくていい」
「無茶苦茶っす」
再び楽しげな声を響かせて、沢北くんの両腕が回される。未だ体育座りをしたままのわたしは、そのままの格好で包み込まれた。
「出たくないっすね」
「……うん」
「普段こんな長風呂することないんでもう少し浸かってていいすか」
こくりと頷くと、わたしの頭の上に顎が乗せられて「あ、丁度いい」なんて弾んだ声がいつもと違った響きで聞こえる。それに対して「人の頭を置き台にして」と抗議した自分の声がやけに嬉しそうで、いつしか恥ずかしい気持ちが完全に消え去っていることにわたしは気付く。そうなれば後は素直になるだけで、自然と上向いて目を閉じれば沢北くんにもちゃんと伝わり、汗ばんでいつもより熱い唇がしっかりと重ねられた。