イトシイカラダ


「……ごめん。ちょっと疲れてて」
 ベッドの中でおもむろに伸ばされた腕を、そう言って緩やかにかわす。微かに落胆の表情を浮かべたものの、直ぐにそれを隠して沢北くんは気遣うような眼差しを向けた。
「夏バテじゃないんすか。今日もあんま食べてないっすよね」
「大丈夫。ちょっと節制してるだけで具合は悪くないから」
「節制ってダイエットってことすか。そんな必要無いって前に言ったじゃないっすか」
「ん……そうだね」
 自分でもそんな必要は無いと思っていた。数日前までは。


 今年も夏に帰国した沢北くんは、日本にいる間わたしの家に滞在している。その話が出たのは到着した日の夜だった。
「隠しごと苦手なんで先に言っちゃいますね」
「うん?」
「今度雑誌に載るんすよ」
「今週もなんだね。忘れずに買わなきゃ」
 バスケット誌に沢北くんの写真や記事が掲載されることは珍しくない。むしろ毎週のように載っていて、わたしは都度最新号を買い求めている。今年に入ってからは全号所持しているくらいだ。なので、雑誌に載ることは沢北くんにとって特別でも無いような気がするのに、わざわざこうして改まって伝えられたのが不思議だった。
「あー、週バスじゃなくて」
「違うの?」
「……女性誌なんすよ」
 いつも帰国時に持って来るスポーツバッグから、出版社の名前が印字された大きな封筒を取り出す。中から出て来たのはわたしも良く知る有名な女性誌で、その表紙に釘付けになった。
「これ……沢北くん?」
「はい」
 下着姿の外国人モデルが、向き合った男性モデルの胸元に指を這わせている。男性モデルは上半身裸で、太い腕も厚い胸も綺麗に割れた腹筋も、ハードなスポーツで鍛えられた身体なのは一目瞭然だった。そしてかたちの良い小さな坊主頭。どこからどう見ても沢北くんで、事態が全くのみ込めずにわたしは混乱した。
「どういうこと……?」
「去年辺りからこの雑誌で始まった企画らしいんすけど、裸がメインの特集だから表紙をお願い出来ないかって話が来たんすよ。前回はアイドル使ったらしいんすけど、今回はしっかり鍛えられたアスリートがいいとかで」
 もう一度表紙を見れば、雑誌社の要望通りだっただろう沢北くんは勿論のこと、スタイルの良い外国人女性が嫌でも目に飛び込んで来る。綺麗な身体のラインはこんな風になりたいという理想そのもので、二人の並んだ姿はスタイリッシュで美しく現実離れしていた。
「沢北くんなら話題性もあるもんね」
「よく分かんないんすけど、そういうことらしいっす。断るタイミング逃したまま向こうで撮影されて、こっちに戻る前日に見本が届いたんすよ」
「それがこれなんだ」
「そうっす。いきなり本屋で見たら驚くだろうし、嫌な思いさせたくないから自分の口で言っときたくて」
「ありがとう」
「怒ってないんすか」
「怒らないよ。仕事なんだし」
 それは本心で、良い雰囲気の相手モデルさんに少しだけ胸が痛んだものの、お相手だって仕事だ。撮影をきっかけに二人がどうこうなるなんて思ってはいない。
「……良かった。すげー緊張したんすよ。これ伝えるの」
「だろうね。わたしが逆の立場でも言いづらいと思うもん」
「逆の立場とか言わないで下さいよ。そんなの絶対嫌っすよ」
 想像したのか、途端に面白くなさそうにむくれて見せる。そんな、圧倒的な色香を放つ表紙とのギャップにわたしが吹き出すと、それでようやく場の空気が和んでそのまま雑誌は片付けられた。


 これが数日前の出来事だ。自分で言った通り、怒っている訳でも嫉妬している訳でもない。なのに沢北くんの誘いを拒んでしまうのは、単純に自分の身体へのコンプレックスだ。モデルさんと比較するなんておこがましいとは分かっていても、あんなに綺麗な身体を目にしたひとに自分の裸身を晒すのが恥ずかしい。これまで散々晒して来ているのに今更だけれど、あの表紙を見てしまった後ではどうにも躊躇われてならなかった。
 せめて筋トレでもしてもう少し引き締めよう。そんな風に考えていると
「一緒に表紙撮った相手モデルが理由じゃないっすよね」
 直球で正解をつかれて、反射的に「え」と零したきり後が続かない。その通りだと言ったも同然で、沢北くんは深々と溜め息を吐いた。
「もしかしてあのスタイルになりたいとか思ってるんすか」
「無謀だって言いたいんでしょう。そんなの分かってるよ」
「違うっすよ。そうじゃなくて、あのひと確かに綺麗でしたけど、あの身体が好きかって言ったらまた別なんすよ」
「どうして」
「んー。上手く言えないんすけど、綺麗なのと抱きたいのは違うんすよね」
「……その発言オジサンぽい」
「しょーがないじゃないすか。事実なんすもん」
 言うなり背後から包み込まれて、回された手がお腹や二の腕に触れる。
「前に言ったじゃないすか。柔らかいのは女のひとの特権だって」
「うん」
「やっぱりこっちの方が好きなんすよ。オレは」
 耳元できっぱりと告げられてしまえば、もはや拒否する理由も無い。
 それでも無意識に隠そうとしたわたしの両腕はあっさりとシーツに縫い留められて、数日後には世間に知れ渡ることとなる惚れ惚れするような立派な体躯を、その重みと共に柔い身体で受け止めたのだった。