純愛ラプソディ
「なんで深津さんなんすか」
もちろんオレだって深津さんのことは尊敬している。語尾は変だしポーカーフェイスでなに考えているのか読めないひとだけど、抜群のキャプテンシーも状況判断の速さもあのひと以上を知らない。バスケにおいてオレが敬う数少ないひとだ。
けれど、そこを離れてしまえば話は変わる。良くも悪くも深津さんは変人で、いわゆる女子にモテるタイプとは違うんじゃないかと思っていたのだ。
「なんでって言われても困るなあ」
困った顔で笑うこのひとは、深津さんのクラスメイトだ。つまりオレのひとつ年上で、ひとつしか変わらないのに同学年の女子とはどこか違う。いつも穏やかで落ち着いていて、それでいて笑い上戸なところが取っつきやすい。惚れた欲目かも知れないけれど、こんな綺麗な笑顔を見せるひとをオレはほかに知らなかった。
「知りたいんすもん。さんが深津さんのどこに惹かれたのか」
散々名前の挙がっているキャプテンは今ここにいない。今日の日直で日誌を取りに職員室へ行ったと教えられた。なので、これ幸いとばかりに、ずっと聞いてみたかったことを質問攻めにしていたのだ。
「どうしてそんなことが知りたいの」
「さんが気になるから」
「またしれっとそういうこと言う」
「まどろっこしいの嫌いなんで」
「沢北くんぽい」
そしてまた瞳を細めたさんに、わかりやすくオレの心臓は早鐘を打つ。このひとの笑顔が本当に好きだ。
「オレっぽいですか」
「うん。勢いがあってまっすぐで遠回りしないところが」
「その通りっすよ。だから答えてください」
「強引だなあ」
再びオレをどきりとさせる顔を見せると、机の上に肘をつき組んだ手の上に顎を乗せる。
そしてわずかに首を傾げ、視線を落とした格好でゆっくりと続けた。
「んー。うまく言えないんだけど、感情がマイナスにぶれないところかな」
「よくわからないっす」
「なんて言えばいいんだろう。どんなときでも最善の選択をしてくれるというか、深津くんといれば間違いないって思える安心感みたいなのがあるんだよね。困ったり迷ったりしても深津くんと話してると大丈夫って思えるの」
――――それはオレにもわかる。うちの部の先輩たちは皆どこか達観しているところがあって、たまに見せるおとなげない部分とのギャップが激しい。そんななかでも深津さんは振れ幅が少ないほうで、たまに悟りをひらいてるんじゃないかと思うことすらある。深津さんほど絶対の信頼感を置けるキャプテンはいないだろう。
けれど、それがバスケ以外の場面でもそうだったとは。あのひとは常にあのままなのか。
「そもそも、どうしてわたしが深津くんを気になってるって思ったの」
「そんなの見てればわかりますよ」
「困ったな。しっかり表に出ちゃってたんだ」
それは違う。さんは自然だった。オレがわかったのは、単に誰よりも彼女のことを見ていたからだ。
深津さんに用があって訪ねた教室で、隣りの席に座っていたひと。
手ぶらで遠征予定を聞きにきたオレに、紙とペンを貸してくれたひと。
「記憶させればいいピョン」とすげなく言ったキャプテンに、こっちがどぎまぎするほどやわらかな笑みで「可愛い後輩でしょう」とたしなめたひと。
それは深津さんに向けられたものだったのに、まんまとオレに刺さってしまった。こんな和やかな目で誰かを見るひとは初めてだった。
知り合った最初の日のことを思い出す。
あのときの眼差しを思うと言うべきではないとわかりつつ、遠回しなもの言いが苦手なオレはストレートに口にした。
「深津さん彼女いるの知ってんすよね」
「……うん。知ってる」
「それでも好きなんすか」
「うん」
「じゃあ、オレもさんのこと好きでいいっすよね」
丸い瞳がわずかに見ひらかれ、まっすぐにオレの視線を受け止める。
しばしそのまま見つめ合うかたちでいると、頭上からよく知る声が降り注いだ。
「2年生の教室はここじゃないピョン」
「なんで今なんすか」
よりによってのタイミングで帰ってきた深津さんに、精一杯の恨みがましい顔を向ける。
「もう予鈴鳴ったピョン」
「……最悪だ」
大きな溜め息を吐いて見せてもお構いなしで「そもそもひとの席で何してるピョン」と追い打ちをかけられる。オレは退散するしかなく、渋々と立ち上がり席の主と交代した。
「深津さんがいないからいけないんすよ」
「お前が来るなんて聞いてないピョン」
もっともな返しに言葉もなく、せめて立ち去る前にとさんを振り返る。さっきの返事をまだもらっていなかったけれど、今日はここまでだ。
「いいっすよね」
それでもこれだけは、と再度念を押したタイミングで本鈴が鳴る。
ちいさな顎がかすかにうなずいたのを見届けると、一歩前進でひとまず満足することにして自分の教室へと猛ダッシュで駆け出した。