やさしい気持ち
「三井先輩と付き合うことになった」と告げたわたしに、リョータはさほど驚いた様子も無く懐かしそうに頬を緩めた。
「そー言えばオレ、三井サンに中学の頃会ってるんだよ」
「中学の頃って、試合会場か何かで?」
それには首を振り、屋外のバスケットコートだと話した。
「あの人オレのこと小学生だと思っててさ」
転校生で親しい友人もおらず、他人を寄せ付けない空気を纏っていたリョータには、同じコート内にいても声を掛けて来る者はなかった。そんな中、見た目で年上と分かる少年だけが自然な様子で近付いて来て、1ON1の相手をした。それが三井先輩だったという。
「色々あったけど、基本的に優しいんだよ。あの人」
「――知ってる」
あれだけのことをしたバスケ部に頭を下げて戻るというのは、余程心が強くなければ出来ない。自分のプライドを二の次にするのは、並大抵では無いだろう。ましてそれまでは道の真ん中を歩き続けた人だ。荒れていた時でさえ仲間内ではリーダーのようだったし、他人に頭を垂れることなど無かったに違いない――そんな人が。一切の言い訳をせず、戻って来たバスケ部の皆に受け入れられ、昔の仲間にも慕われ続けている。それは全て三井先輩の人柄がなせる業で、芯の部分が強く真っ直ぐなのだと証明していた。
強さとは、即ち優しさだ。
「のことも大事にしてくれるだろ」
「どーかな。まだ付き合い始めたばっかりだからね」
素直に頷けないのは気恥ずかしいからで、きっとリョータはお見通しだ。
にやりと笑い、軽くわたしの肩を小突いた。
「ほら、来たぞ」
振り返れば大きなスポーツバッグを片手に歩いて来る背の高い姿があって、遠目にも怪訝そうな顔をしているのがはっきりと分かった。
「そんじゃーな」
先輩が来るより先に軽く手を振って、リョータは駆けて行く。
入れ違いに隣に並んだ三井先輩は、遠くなる後ろ姿を見遣った後わたしに視線を向けた。
「宮城のやつどーしたんだ」
「わたしの暇つぶしにつきあってもらってたの」
「ふーん」
はっきりと不満の滲んだ声が、説明の足りなさを告げている。
その分かりやすさが可笑しくて、零れそうになる笑みを堪えつつわたしは続けた。
「三井先輩は優しいって話してたの」
「……はあ?」
ぽかんとした顔で首を傾げると眉間に皺を寄せる。煙に巻かれたとでも思ったのだろう。
「何言ってんのか分かんねーぞ」
「分からなくていいよ」
声が弾んでしまうのは、幸せだからだ。
それは先輩にも伝わったのか、ふっと息を吐いて口の端を上げる。
「追々ゆっくり教えて貰おうじゃねーか」
くしゃりとわたしの髪を乱し、そして再び整える。その指の仕草はまさにさっき話していた通りだった。