go for it!


 意識する前から側に居たリョータのことを、いつから好きだったかなんて思い出せない。今の家に越した時からずっと隣に住んでいて、幼い頃はそれこそ自分の家が2軒あるような感覚でしょっちゅう宮城家に出入りしていた。独特な存在感でクラスでも目立った存在のリョータは、わたしにとって特別な自慢の幼馴染だった。

 高校を湘北に決めたのだって、リョータと同じ高校に行きたかったからだ。
 そこそこ優秀な成績を修めていたわたしは、もう少し上の学校も充分射程距離範囲内にあったし、担任にも散々検討し直す様説得をされた。それでも頑として志望校の変更はせずに、また3年間側に居られることを喜んで4月を迎えたのだ。

 ――――なのに。
 わたしの想いになんて全く気付きもしないまま、リョータは高校入学と同時に恋に落ちた。相手はバスケ部のマネージャーで「彩子」という名前がぴったりな、華やかな笑顔が印象的な女の子だった。

 いっそ、すんなりと上手く行ってくれれば良かった。
 そうすればさっさと踏ん切りもついたかも知れないのに、リョータは全く相手にされないままそれでも彩ちゃんを想い続け、あろうことか、誤魔化すように少しでも可愛いと思った女の子に手当たり次第告白を始めた。そして、振られたと言ってはわたしに泣き付いて来る。

 けれど、一度として彩ちゃんの名で泣き言を口にしたことは無かった。


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 その日、わたしは2階にある図書室で調べ物をしていた。
 夢中になっている内にすっかり陽は暮れて、いい加減帰ろうと荷物を纏め始めた矢先、何気なく目を遣った窓の外に、並んで歩く2つの人影を見付けた。
 逆光のシルエットだって、見間違えたりしない。あれはリョータと彩ちゃんだ。
 いつもは賑やかに集団で帰るバスケ部も、今日はばらばらなのか他の部員は見当たらない。遠目に眺める2人は目が離せないほどしっくりと来ていて、改めてお似合いだと認めざるを得なかった。

 とっくに分かっていたことなのに、ショックでその場へしゃがみ込む。
 どれだけ長い年月を過ごそうと、交わらない平行線に意味は無いのだ。
 幼馴染を特別だと思っていたのはわたしだけで、リョータにとってはただ付き合いが長いだけの存在でしかなかったのだと、並んだ2人の姿に今はっきりと思い知らされていた。


 泣きたい気持ちのまま、図書室を後にして教室へ向かう。
 すると、廊下を曲がった出会い頭で勢い良く誰かにぶつかり、はじかれた衝撃でわたしはその場に座り込んだ。
「悪りっ、大丈夫か」
 慌てた低い声に顔を上げれば、そこに居たのは思った通りの相手で、ぶっきらぼうながらも親切に手を差し伸べている。
「大丈夫です。こっちこそごめんなさい」
「こんな時間まで何してたんだよ」
「別に。三井先輩には関係無いでしょう」

 リョータと一悶着あったこの先輩が、わたしは苦手だった。
 今ではすっかり更生して仲良くやっているらしいものの、入院させられたと聞いた時は、リョータを見舞ったその足でお礼参りを半ば真剣に考えたくらいだ。
 勿論そんな真似はしなかったものの、偶にバスケ部の練習を観に体育館へ行っても、明らかに他の人たちと比べて冷淡な態度を取っていたらしく、それは自然と本人にも伝わってしまったらしい。それなのに、何がどうしたのかわたしの意向とは裏腹に、いつしか顔を合わせれば何かと構われる関係になってしまっていたのだった。

「相変わらず愛想がねーヤツだな」
「先輩以外にはそんなこと無いですよ」
「……お前ほんっと徹底してんな」
「わたしさっき大丈夫って言いましたよね。何で腕掴んでるんですか。離して下さい」
「ヤダ」
 思わず飛び出した「はあ?」と言う声は、我ながら感じが悪かったと思う。
 けれど三井先輩は全然気にする様子も無しに、ほんの僅かだけ表情を緩めて「見てたんだろ」と短く言った。
「何をですか」
「さっき図書室で。お前はあいつらしか目に入って無かっただろーけど、泣きそうなツラしてんの下から丸見えだったぞ」
 よりによって一番見られたくない相手に――と情けなさから深く俯けば、追い討ちを掛ける様な声が頭上から降り注いだ。
「彩子はイイ女だからな」
「……そんなの知ってます」
「だったらさっさと宮城は止めとけ。お前に望みねーぞ」
 ぐさぐさと傷口を抉る言葉に、遂に耐えかねて顔を上げる。
 泣き出さなかった自分の気の強さをこの時ほど有難いと思ったことは無かった。
「だからそんなの知ってるって言ってるでしょう。放っといてよ」
「お、初めて敬語が抜けたな」
「……え?」
 爆発した怒りを軽くいなされて、拍子抜けしたまま眉間に皺を寄せる。
「本当に何なんですか。わたしに構うの止めて下さい」
「無理すんなって。さっきみてーでいーぞ」
「……意味分かんない」
「じゃあ分かるように言ってやる」
 そこで一呼吸吐くと、冗談としか思えないほど真っ直ぐにわたしを見据えて言った。
「オレにしとけ」

 再びさっきの数倍感じの悪い「はあ?」が出そうになったのを堪え、その結果何も返せないまま唖然とリョータより大分高い位置にある双眸を見つめる。絶対に逸らされない黒い瞳は頑固な自信に満ちて、こんな時でも三井先輩は三井先輩だった。

「……どうしてこのタイミングでそれなのよ。ほんとに意味分かんない」
「お前に踏ん切りつけさせてやろうと思ったんだよ」
「どういうこと」
「失恋は新しい恋で癒すもんだろ」
「何恥ずかしいこと言ってんの。そもそも急過ぎるし、相手が三井先輩の必要も無いし」
「さらっとひでーこと言うな。あのなあ、オレだってボランティアで付き合えるほど人が良くもモテなくもねーんだよ」

 どさくさに紛れた告白に、ぽかんとした後わたしは吹き出す。
 そして、ついさっきまで死にたいくらいに凹んでいた気持ちが、呆気無いほど元通りになっていることに気付いた。少なくとも、その件に関しては三井先輩に感謝するべきだろう。
 暫し思案した後、難しく考えるのを止めた。

「じゃあ先輩にしとく」

 第一印象が最悪だった三井先輩のことは、後は好きになる以外残っていない。
 わたしにしたって、今まで取って来た態度を思えば、どんな姿でも見せられる気がする。
 恋の始まりなんて十人十色だ。付き合ってから好きになったって、いいんじゃないの。


「荷物まだ教室なんだろ」
「そうだけど」
 聞くなり三井先輩はごく自然にわたしの腕を取って、そのまま教室まで一緒に歩いた。
 入り口で待っていて貰い帰り支度を整えていれば、唐突に「お前って下の名前何だっけ」と尋ねられる。
。なんか、付き合い始めてから名前聞くって変な感じ」
「うるせえ。付き合いのかたちに決まりはねーからいーんだよ」
「……そうだね」
 それはまさにさっきわたしも思ったことで、もしかしたら意外に相性は良いのかも知れない。そもそも、これまで碌に会話をしたことが無いなんて信じられないくらい、三井先輩の隣に違和感は無かった。
「じゃあ行くぞ。
「うん」
 ほんの数秒前に知ったとは思えないくらい自然に口にされた名前に、くすぐったい気持ちで頷き教室を出る。

 帰ったら真っ先にリョータに報告しよう。
 確実に驚くだろう顔を想像するだけで楽しみだった。