黙らせるため
「うちの学校にちゃんっているんだけど知ってる?」
「って、か」
即座にフルネームを口にされて、嫉妬するよりも先に「美人って凄い」と妙な感心をしてしまう。
わたしの通う女子校は、制服の可愛さも相まってか近隣の他校生に人気が高い。同じ駅を使う豊玉生も例外ではなく、柄の悪そうな輩にちょっかいを出された子は数多くいる。そして、そんな彼らの間で一際有名だと言われているのが、隣のクラスのちゃんだった。
「そう。すんなり名前が出るくらい知ってるんだね」
「岸本がむっちゃ可愛いて散々ゆーてたからな」
「でも残念ながらちゃんが好きなのは南らしいよ」
子供の頃住んでいた大阪に戻って来て1年。
幼馴染の1人だった南は、以前の面影を残したまま驚くほど大きくなっていた。
外見こそそんな感じで変化したものの、異様にモテる部分は変わっていない。特別優しい訳でも女好きする顔でも無いと思うのに、昔から南はとにかくモテるのだ。
わたしの周りにも南をいいと言う女の子は何人もいて、彼女たちは皆一様に「色っぽい」と形容する。他の誰にも無い独特の雰囲気があるのだと、口を揃えて言った。
そんな南と付き合い始めたのは、再会して直ぐのことだ。
幼い日の初恋を何気なく本人に打ち明けてみたところ、拍子抜けするほどあっさりと「ほな今から付き合おうや」なんて返って来て、そのまま現在に至っている。
とは言え、成り行き同然としか思えないこともあって、いまだに南の気持ちをわたしは完全に信じきれずにいる。だから、こうして事ある毎に可愛げ無く突っ掛かってしまうのだ。
「そらホンマに残念やわ」
「どうして」
「オレにはがおんねんで。惚れられたってしゃあないやんか」
いつもの無愛想な口調で言って、この話題を終わらせてしまおうとする南に、妙な反発心を覚えわたしは食い下がった。
「わたしがいるからしょうがないってこと?わたしがいなければ応えたんだ」
「あのな、そーいうのを揚げ足取るって言うんやで」
「誤魔化さないでよ。わたしは真面目に訊いてるの」
「最初から真面目に答えてるで。オレにはがいるゆーてるやん」
「だから、わたしがいな――」
そこまで言ったところでとん、と肩を小突かれて、体育座りをしていたわたしはバランスを崩し後ろ手を付く。体勢を立て直す間も無く南がにじり寄り、訳が分からぬまま仰向けに年季の入った木目の天井を見上げていた。
「下らんことばっか言いよってうっさいねん」
「何その逆切れ。て言うか何してるのよ。どいてってば」
「逆切れちゃうわ。ホンマ理不尽なことばっか言いよって」
大袈裟な溜め息を吐いて体重を預けて来る南に、わたしは慌てて抵抗をする。
「ちょっと待って南。お願いだからちょっと待って、ねえ、南っ」
「お願いすれば何でも聞いて貰えると思うんは大間違いやで」
いとも簡単にわたしの訴えを切り捨てると、僅かに口角を上げて不敵な笑みを見せた後、子供に説教をするように両頬を強く手のひらで挟み付け言った。
「せやから、どんなに頼まれたってとは絶対に別れたらへんわ」
後は南の為すがまま、憎まれ口を叩く余裕すらわたしには与えられない。
その代わりに零れたのは、悔しくなるほどに甘く従順な吐息だった。