揺れる想い


「おい。次の練習試合観に来いよ」
 HRが終わり帰り支度を整えていたわたしに、そんな風に清田が声を掛けて来たのは先週のことだ。
「次っていつなの」
「明後日の土曜」
「ごめん、予定ある」
「前もそーだったじゃねーか」
「仕方ないでしょ。清田がいつも急過ぎるんだよ」
 尤もな返しに言葉を詰まらせたのを見て、心の中では手を合わせつつ「じゃあね」と教室を後にした。

 ――――行きたかったのに。
 待ち合わせていた隣のクラスのと並んで、廊下を歩きながら唇を噛む。
 キャンセル出来る用事ならしていた。けれど、その日は祖母の法事なのだ。
 行かないなんて両親には言えないし、幼い頃から可愛がって貰った自分自身の気持ちとしてもそれは出来ない。
 その前に誘われた時は友達との約束が先にあった。まして、当日声を掛けられたのだ。

「いつもいつも何でもっと前に言わないのよ」
「どうしたの。また清田くんのこと?」
「そ。いつも練習試合観に来い観に来い言うけど、ほんとにそう思ってるのかなあ」
「当たり前じゃない。来て欲しく無かったら誘わないでしょ」
「だったらもっと余裕持って教えてくれればいいのに」
「あんまり前に言っても忘れられちゃうと思ってるんじゃない。それか――」
 意味ありげに言葉を区切ったは、悪戯っぽい笑みを浮かべるとからかうような口調で言った。
「清田くんてのこと好きなんじゃない」
「何なの。いきなり」
「好きだから簡単に声掛けられなくて、でも来て欲しいからギリギリになっちゃうんじゃないの」
「清田がそんな繊細に見える?」
「それは何とも言えないけど。でも傍から見てるとそう思えるよ」

 の言葉に胸がざわつくのは、わたし自身が気になっているからだ。清田のことを。
 一度だけ観たことがある試合中の清田は、普段教室で見せる姿とは全く違った。
 良く通る大きな声は同じでも、響きが全然違う。あんなに真剣で鋭い声は初めて聞いたし、コート上唯一の1年生とは思えないくらい堂々としていた。そもそもうちの学校でスタメンに選ばれること自体凄いことなのだ。
 ただのうるさいやつだと思っていたのに、あんな姿を持っていたなんて。
 そのギャップはわたしの中で清田を他とは違った存在にさせるには充分だったけれど、今までの気の置けない仲を失うのは怖かった。だから、どう動いていいか分からないのだ。

「一歩踏み出してみたらいいじゃない。何か変わるかもよ」
「んー……」
「ほら、後ろ」
 振り向けばこちらへ歩いて来る長髪が見えて、わたしに気付くと「あ」という顔をする。
「下で待ってるね」
 言っては階段を駆け下りてしまい、立ち尽くしたわたしに追い付いた清田は自然と足を止めた。
「どした」
「観に行けなくてごめん。次は必ず行きたいからもっと早く教えて」
「……お、おう」
 見上げた黒い瞳は分かりやすく動揺していて、けれど、口元にはしっかりと笑みが浮かんでいる。それに勇気を貰って、深呼吸すると続けた。
「その時に話があるから時間ちょうだい」
「何でその時なんだよ。今言えって」
「今は無理」
「無理ってなんだ」
 押し問答しながら並んで階段を下りると、2年生のフロアでバスケ部の先輩に会う。
 清田が一際懐いているその先輩が並んだわたしたちに見せたのは、少し前のとそっくりな意味深な笑顔だった。