背中
「よう」
家の門を開けたところで声を掛けられ、振り向けば立っていたのは信長だった。
学校帰りなのか制服姿で、相変わらずの暑苦しい髪型に海南の校風が羨ましくなる。わたしの通う学校では考えられなかった。
「前髪くらい切りなよ」
言いながら手を伸ばしかけて、わたしは微かな違和感を覚えた。
「もしかして、また少し身長伸びた?」
「おーよ。このままいったら神さんよりデカくなるかもな」
よく話に出る「神さん」にはわたしも何度か会ったことがある。
すらりと背の高い姿を思い出して、目の前の幼馴染に重ねてみた。
「……想像出来ない」
「んだよ」
「だって170超えたって大喜びしてたのがちょっと前じゃない」
「ちょっと前じゃねーよ。中3の夏には超えてたっつーの」
「それだってようやく1年経つか経たないかでしょ」
わたしたちが知り合って一体どれほどの年月が過ぎたと思っているのか。
名前を覚えたのは幼稚園に上がる前だったから、とうに10年は経過している。
その、長い歳月の大半は「すばしっこく小柄で活発な男の子」だったのに、いつの間にかわたしよりずっと大きくなってしまって、見知らぬ人のようで未だに慣れることが出来ない。
なのに、当人は昔からずっと今の姿だったかの如く振る舞うものだから、どうしても反発したくなってしまうのだ。
「つーかも伸びたな」
「変わらないよ。この前学校で測ったばっかりだもん」
「ちげーよ。背じゃなくて髪。見る度長くなってんじゃん」
「ああ、髪ね。そろそろ切ろうかどうしようか迷ってるの」
「いーじゃん。そのまま伸ばしてみ。ぜってー似合うから」
「何を根拠に言ってるのよ」
「昔はずっと長かったじゃん。あれ結構好きだったんだよ」
あっけらかんと言って「じゃーな」と笑うと、軽く手を上げ信長は歩き出す。
数軒先に消え行くすっかり男の人になった後ろ姿を眺めながら、変わらない言動とのギャップに暫しわたしは落ち着かない気持ちで立ち尽くしていた。