見せつけるため


「だったらそのちゃんとより戻せばいいじゃない」
「何でそんな話になんだよ」


 確かに「見せて」と頼んだのはわたしかも知れない。
 けれど、のろけ話を聞かせろなんて、一言だって言っていない。

 床に広げた卒業アルバムを眺めながら、何気なく訊いた「どの子が元カノ?」に対して、信長は即座に1人の女の子を指した。そして、訊いてもいないのにべらべらと当時の想い出話を始めたのだ。
 曰く「2年生の終わりから付き合っていた」「部活が無い時はいつも一緒に帰った」「修学旅行の自由時間にこっそり落ち合って揃いの土産を買った」などなど、無関係な第三者ならば微笑ましいで済ませられるエピソードばかりで、信長自身もそう思っているからなのか、いつにも増して饒舌だった。

 とは言え、当然現彼女のわたしとしては面白くない。
 結果、冒頭の遣り取りに至るという訳だ。


「信長がデリカシー無いからだよ。普通元カノとの想い出を嬉しそうにそんなあれこれ語る?」
「昔のことだろ。今は全部キレイに終わってんだからいーじゃん」
「ああそうですか」
「つーか早くそっちのも見せろって」
 怪しい雲行きを察したのか、無理矢理話題を変えた信長はもう1冊のアルバムへ手を伸ばした。「オレだけ見せるんじゃ不公平だ」とごねられて、渋々わたしも持って来ていたのだ。
「お好きにどうぞ」
何組だよ」
「6組」
 1~5組をあっという間に飛ばして、長い指が目当てのページを開く。たった1年足らずではそうそう変わっている筈も無く、あっさりと見付けた信長は楽しそうに見比べ始めた。
「へー。お前随分髪長かったんだな」
「まあね。切ったのは高校入ってからだもん」
「長いの似合ってんじゃん。何で切っちゃったんだよ」
「失恋したから」
 さっきの仕返しとばかりにさらりと言えば、空気が軋んだのがはっきりと分かる。
 けれど、平然としてわたしは続けた。
「卒業式に振られちゃったの。信長と違ってわたしはずっと片想いだったんだけどね。だから気分転換にばっさり切ったんだ」
「……ふーん」
 不機嫌を露わに黙りこくってしまったのを気にせず、その先のページをわたしは捲る。目を通すのは久し振りで、しみじみと懐かしい当時に浸ってしまった。
 そのまま暫く過去を旅する。すると、突然強い力に手首を掴まれ引き戻された。
「痛いなあ」
「いつまで昔の男想い出してんだよ」
「昔の男も何も付き合ってないって言ったでしょう」
「余計タチ悪りぃだろーが」
 一瞬意味が分からずきょとんとした後、もしや――と半信半疑で訊ねる。
「ひょっとして、成就しなかったからこそ引き摺ってるって言いたいの」
「そーだよ」

 信長にそんな発想があるとは思わず、長い前髪越しの瞳をまじまじと見つめる。
 いつもより黒が濃く見えるそこには強く焦れた光があって、どきりとしたわたしは言葉を失い見惚れてしまった。

 普段、同級生の誰よりも子供っぽいくせに、いきなりこんな顔を見せるから信長はずるい。
 悔しながらも心の中で白旗を上げ、緩む頬を押し隠して口を開いた。

「信長のくせに深読みしすぎ」
「うるせえ。オレのくせにってどーいう意味だ」
「そういう意味だよ」
 しれっと言って、膝立ちでにじり寄ると頬にそっと口付ける。
「彼の写真の前でこんなこと出来るくらい、今は信長しか見えてないもん」
 刹那、それまで不貞腐れていた顔が目に見えて動揺し、それを誤魔化すかの如く強引に腕の中へ包み込まれた。
「だったらちゃんとしろっつーの」
 やり直しと言いたげに、わたしを上向かせた信長は唇を重ねる。
 それは、無造作に開かれた2冊のアルバムの前で、いつもよりずっと深いキスへと変わって行った。