温泉旅行~深津と
「いいお湯だったね」
「次はもう少し先だピョン」
宿でもらったガイドマップを広げて、次の目的地を深津くんが指差す。互いに休みの重なった秋の週末、わたしたちは外湯巡りで有名なとある温泉地に来ていた。
「深津くん浴衣似合うよね」
「言われたことないピョン」
「ほんと?背が高いしからだに厚みがあるからすごく似合ってる」
布一枚で仕立てられた浴衣は、ある程度しっかりしたからだつきで着てこそ貫禄が出る。緩むことなくきっちり巻かれた帯といい、日頃から着慣れているかのように深津くんの浴衣姿は様になっていた。
「照れるピョン」
「全然そんな顔してないけど」
しれっと口にされて吹き出せば、そんなわたしに深津くんはやわらかく瞳を細めて言った。
「自分もよく似合ってるピョン」
「嬉しい。上手く着られてるか心配だったの」
「……反則ピョン」
「え?」
「なんでもないピョン」
ちいさく呟いた言葉は聞き取れず、やがて二番目の湯場が見えてきてそのままうやむやになる。そんな感じで五つほどのお湯を巡ると、すっかり火照ったからだを冷ましながら手を繋ぎ宿へと戻った。
「外湯巡りって初めてだったけど、いろんなお風呂入れて面白いね」
「全身ふやけそうだピョン」
「日頃酷使してるからだがしっかりほぐれたでしょう」
「ほぐれすぎてゆるゆるだピョン」
「どこがよ」
浴衣越しでもはっきりとわかる胸板をそっと指でつつく。ぱんっと跳ね返してくる弾力は日々のトレーニングの表れだ。
「なにするピョン」
「そんなびっくりしなくてもいいでしょう」
「いきなりつっつかれたらびっくりするピョン」
「あ。ちょっとドキドキしてる」
珍しく慌てたような顔をするのが可笑しくて、そのまま手のひらを左胸に押し当てる。実際は厚い筋肉に阻まれてよくわからなかったものの、なんとなく鼓動の高鳴りを感じた気がした。
「ちょっとどころじゃないピョン。ずっとバクバクしっぱなしだピョン」
「どれどれ」
冗談めかして今度は耳をあてれば、さすがにいたずらが過ぎたらしい。そのまま抱え込まれると同時に押し倒されて、仰向けの格好でおずおずと深津くんを見上げる。すると、剣呑な色を宿したふたつの目がじっとわたしを見据えていた。
「そんな格好で煽った覚悟は出来てるピョン」
「……出来てません」
「じゃあいまのうちにするといいピョン」
挑戦的に口角を上げて、帯に指がかかる。きつく結んでいたためなかなか解けないそれに、溜め息まじりに深津くんがぼやいた。
「腰の細さと胸が反則だピョン」
「なんのこと」
「浴衣ピョン。強調されすぎピョン」
「……そういう目で見るからでしょう」
「しかたないピョン」
「それが男ってやつだピョン」堂々と言い切って、ようやく解けた帯をその辺に放り投げる。
あとは為されるがまま、まだほんのりと上気しているわたしの肌は、更に熱を帯びて重ねられた深津くんの肌と、そのまま溶け合うようにひとつになったのだった。