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「あ」
「よう」

 毎年10月に行われる、国民体育大会――通称国体。その合宿所に併設した体育館で、わたしは懐かしい顔に再会した。
「何でお前がこんなとこにいんだよ。お前野球部のマネージャーだったんじゃねーのか」
「田岡先生に頼まれたの。人手が足りないからって」

 バスケ部の顧問をしている担任に、呼び出されたのは先週のこと。
 土日に行われる国体選抜チームの強化合宿で、臨時マネージャーをしてくれと言う依頼だった。何でも、召集された4校の中で女子マネージャーが居るのはたったの1校しか無いらしく、食事や雑務など手が回り切らないのではないかとの懸念から、中学時代にバスケットの経験があって、高校では3年間野球部のマネージャーを務めたわたしに、先生の独断で白羽の矢が立ったらしい。要は、普段からクラス委員なんてものをしていた所為で、先生としても頼みやすかったのだろう。

「野球部の方はもうとっくに引退して暇だったしね。大学は推薦貰えそうだし」
「お前昔っからバスケの才能は無かったけど頭は良かったもんな」
「そ。寿とは逆にね」
「るせー」
 相変わらず口の悪い寿は、それでも幾分大人になったと思う。
 短気で負けん気の強さばかりが目立っていた中学時代に比べて、どことなく落ち着いて鷹揚になった感じがした。


 三井寿は、中学時代の彼氏だ。
 とは言っても所詮中学生だったし、付き合いの程度は可愛いもので、偶に一緒に帰ったり、2回ほど遊園地へ行ったくらいだ。
 別れに至ったのもこれといった理由は無く、強いて言えば、わたしと居るよりもバスケをやっている時の方が、確実に寿がいい顔をしているのに気付いてしまったからかも知れない。本当に、拗ねた訳でも何でもなく、ある日唐突に「もういいや」とすっきりした気持ちになってしまったのだ。
 そんな風に別れたわたしたちは、こうしてばったり再会したところで何のわだかまりも無い。むしろ、気心の知れた友人と言う感じで、すっかり話は盛り上がった。
「それにしても、もしかしたらいるかなーとは思ったけど本当にいると思わなかった」
「何でだよ。全国行ってんだぞ。たりめーだろーが」
「そうだよね。寿インターハイ行ったんだもんね」
 そこで少し感傷的になってしまったのは、まさに寿のチームに敗れてそれを果たせなかった、現在進行形の彼氏を思い出したからだ。
「んだよ。何いきなりしんみりしてんだ」
「何でもない。じゃあそろそろわたし行くね。田岡先生の所に顔出さないと」
「おう。じゃあな」

 余計なことを言ってしまう前に話を切り上げ、寿に手を振って背中を向ける。そのまま体育館を後にしたわたしは、ちょうど出たところで不機嫌そうな声に呼び止められた。

「びっくりした。こんなところで何やってるの。健司」
 壁に寄り掛かる格好で腕を組み立っていたのは、さっきまで頭の中に思い描いていた彼氏そのひとで、この合宿に参加していることは勿論知っていたものの、まさかこんなタイミングで会うとは思っていなかった。
「入ろうと思ったら何かいい雰囲気で喋ってやがったから入れなかったんだよ」
「なに。妬いてくれてるの」
「だったら何だよ」
 肯定されたことに驚いて、まじまじと瞳を覗き込む。完璧に整った顔なのに冷たい印象を与えないのは、きっとこの淡い色をした虹彩の所為だ。刺々しい口調にも全く腹が立たないし、むしろ、こんな綺麗な目が今自分しか映していないことを幸せにすら思ってしまう。
「嬉しいかも」
「はあ?」
「健司ってちゃんとわたしのこと好きだったんだね」
「何だそれ。当たり前じゃねーか」

 あっさりとそんな言葉を口に出来る健司は、やっぱり寿とは違う。寿だったら短く「あぁ?」とか言って狼狽えた筈だ
 ありありと浮かんだ絵に可笑しくなり口元が緩めば、怪訝そうに眉を顰めた健司に頭を軽く突付かれた。

「ひとりでにやにやすんな。三井のことでも思い出してんのか」
「まあね」
「否定しねーのかよ。つーかお前と三井ってどういう関係なんだよ」
「元カレと元カノ」
 隠すつもりは無かった為ストレートに言うと、一瞬唖然とした後、勢い良く健司は吹き出す。やがて、ひとしきり笑って気が済んだのか、さっぱりとした表情で言った。
「そっか。元彼か」
「そ。今は健司をちゃんと好きだよ」
「おう」

 短く答えた声は明朗で、何の曇りも無い。
 このさっぱりした性格こそ健司で、だからわたしは恋して止まないのだ。

「じゃ、そろそろ行くわ」
「うん。頑張って」
「お互い公私混同は無しな」
「当たり前でしょ」

 当然とばかりに答えれば「それでこそだ」と健司は笑い、晴れ晴れとした様子でバッシュの音を響かせ駆け出して行った。